秀808の平凡日誌

第9話 日記

第9話 日記

 誰もいない部屋の中で、クロウはただ黙って座っていた。

「…ルーナ…」

 また涙が出そうになってきた。

 昨日この場所で体験したことが、頭の中によみがえる。

 温かな手が冷たくなっていく…忘れられないあの感覚…

「……」

 あの後クロウは医者を部屋に呼び、ルーナの体は別の場所に移された。

 身よりのないルーナは公営の共同墓地に葬られることになるだろう。

「ルーナ…お前、今どこにいるんだよ…」

 もう世界中どこを探しても、ルーナがいないことは解っている。

 それでも会いたい…話したい…身体に触れたい…

 その強い思いが、クロウにそう口を開かせる。

 クロウがうつむいたとき、そこにはルーナのバックがあった。

 思わず開けて中を見てみると、空の薬瓶や、着替えなどの中に一冊のノートを見つけた。

「…に、っき?」

 表紙のタイトル欄には、『diary』と書かれていた。

「これ…」

 そして開いた日記のページに目を向けると、そこには自分の名前が所々に書かれていた。

「ルーナの…日記?」

 そう言ってクロウは、日記に書かれていた内容を読み進める。

 最近新しくしたせいか、書かれている日にちは少ない。

 それでも自分と出会う前日から、いなくなる前日までの日記がしっかりと書かれていた。

「ルーナ…」

 日記には自分の名前が、何度も登場してきた。

 クロウとぶつかったあの日のこと…クロウと話したこと

 日々の日記に、クロウのことが書かれていない日はないほどだった。

「ルーナ…」

 毎日が楽しい…自分と会えることが楽しい…そしてルーナが最後に言った願いのことも、しっかりと書かれていた。

 生きたい…生きて、もっと一緒にいたい…

「ルーナ…」

 また涙がこぼれてきた。

 昨日一生分の涙を流したと思っていたのに、また止め処なく流れてくる。

 日記を読んで、もうルーナには会えないと実感した。それが枯れ果てたはずの涙をよみがえらせる。

「ルー、ナ…」

 クロウはルーナの日記を握り締めながら、誰もいない部屋で泣いていた。


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